大阪高等裁判所 昭和32年(う)1062号 判決
論旨は、被告人は、本件起訴前の昭和三十一年五月二十六日東京都文京区駒込酉片町十番地弁護士大滝亀代司、同渡辺彰平、同中川久義の三名を弁護人に選任し、連署を以て大阪地方検察庁宛に提出して居り、公訴提起前にした弁護人の選任は第一審においてもその効力を有するところ、その後同弁護人らの辞任又は解任の事跡もないのに、原審は右三名の弁護人の選任を無視して、終始公判期日の通知をなさず、同弁護人らの出頭もないままに審理判決した。
尤も被告人は外に弁護士阿久根幸吉を弁護人に選任し、原審公判には終始同弁護人が立会つているが、前記三名の弁護人との間に主任弁護人として阿久根幸吉を指定した事跡もないから、結局原審は弁護権の行使を制限または禁止したことに帰着し、訴訟手続に法令の違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において原判決は破棄を免れない旨主張するのである。
そこで記録を調べてみると、被告人が起訴前の昭和三十一年五月二十六日附で東京在住の弁護士大滝亀代司外二名を弁護人に選任し、連署を以て大阪地方検察庁宛に提出しており、その後同年六月七日附で起訴せられ、同月八日都島簡易裁判所のなした略式命令に対し、同月十九日正式裁判の申立をなすと共に、同日附で大阪の弁護士阿久根幸吉を弁護人に選任する旨の弁護人選任届を同簡易裁判所に提出していること、その後前記大滝外二名の弁護人については辞任又は解任の事跡がなく、従つて公訴提起前にした弁護人の選任は第一審においてもその効力を有するから、原審においては、被告人に数人の弁護人があり、しかも主任弁護人がないため、主任弁護人を指定しなければならないのに、これをなさず、且つ公判期日を前記阿久根弁護人に通知したのみで、他の弁護人に対してはその通知をしないで公判立会の機会を与えず、阿久根弁護人のみ公判に出席して審理を遂げ判決するに至つたことは、いずれも所論指摘のとおりである。
ところで、被告人の当審公判廷における供述によれば、被告人は本件事件により警察署に身柄拘束中、創価学会の会員が持参した前記大滝亀代司外二名に対する弁護人選任届(同弁護士らは創価学会の顧問弁護士で東京在住者である)に名前を書けと云われるままに署名捺印して渡し、その後一回警察で右大滝弁護士と面会したことがあるが、本件起訴後大阪の阿久根弁護士を選任し、原審においては終始阿久根弁護人出席の上審理を重ね判決を受けるに至つたもので、原審公判中、前記大滝弁護人らのことについてはほとんど念頭になく、同弁護人らに対し何等の連絡をしたこともなく、且つ前後十回に亘る公判手続を重ねながら、同弁護人らの出席なくして審理を受けることに関し何等の異議を述べたことがなく、前記阿久根弁護人の弁護に十分満足していたもので、その後第一審判決に対し控訴するに際しても、控訴審の弁護人として阿久根弁護人のみを選任し、前記大滝外二名の弁護人を選任して居らず、控訴審における第二回公判期日において、法廷外で阿久根弁護人より、かつて起訴前に東京の弁護士を選任したことを聞かされて、初めてその事実を思い出した実情にあることが認められる。
これによつてみれば、被告人に起訴前と起訴後に選任された数人の弁護人があり、主任弁護人がない場合、第一審において主任弁護人を指定せず、且つ公判期日を起訴後選任の弁護人に通知したのみで、他の弁護人に対してその通知をしないで公判立会の機会を与えなかつたことは、訴訟手続に法令の違反(刑事訴訟法第三十三条刑事訴訟規則第二十一条及び刑事訴訟法第二百七十三条第三項)があるけれども、被告人において、第一審公判中、起訴後選任された弁護人が終始公判に出席して弁護権を行使していることに満足して居り、他の弁護人の弁護については全く無関心で、前記手続違背を知ることができたにかかわらず、何等の異議を述べて居らず、その後控訴審における弁護人の選任に当つても、その弁護人を選任していない実情のもとにおいては、前記の如き訴訟手続の違背があつても、特に被告人の防禦に不利益を来したものとは認められないから、右の手続違背は判決に影響を及ぼすこと明らかであるとはいえない。
それ故論旨は採用できない。
(裁判長判事 児島謙二 判事 畠山成伸 判事 本間末吉)